正しい性教育のあり方

我々人間は、予め全ての物事を把握した状態で、
この世に出てくるわけじゃない。


むしろ全くの無知から一生をスタートさせる。


イギリスを代表する哲学者ロックも、


「タブラ・ラサ(何も書いていない板)」とそれを表現している。


だから僕らは大人になるために、社会に出るために
様々なことを学び、学習する必要がある。


逆に言うなら何かから学ばずして人は何かを知ることは出来ないのだ。



「赤信号は渡ってはいけない」

「公共料金は滞納するとマジで止めてくる」

「10個1パックの卵は、一人暮らしには多い」

「三角絞めを上手く逃れても、その後必ず十字を狙ってくる」

「羊の解体はどれだけ早く心臓を見つけられるかが鍵だ」

「股が痒かったらそれはインキンだ」

等々。


これらの有用な知識は僕が生まれながらに持っていたわけではない。
何かから学び、自らの血肉と化していった情報である。


そしてそれら膨大な「生きるのに必要な知識」の、
最も基本的な部分を教えてくれるのが義務教育である。


しかし義務教育が教えてくれないことも沢山ある。
つまり、個々の職業ごとに必要な専門的知識。
それを義務教育は教えてくれない。


でもそれは合理的な制度であって、
全ての職業に必要な全ての知識を教えていたら、

僕らは義務教育を終えることなく棺桶に入ってしまうことだろう。

だから、義務教育が教えてくれるのは、
必要な知識の最大公約数、つまり「誰もが必要な知識」だけ。


だがそれでも、それでも義務教育には欠点がある。
誰もが必要であるにもかかわらず、義務教育からスッポリと抜け落ちてしまっているコンテンツ。


それが「エロ」である。



「なんだよ、結局エロかよ」

「それが言いたいだけじゃん」


なんて言う輩もいるだろう。

君達はエロの重要さ、いや、その偉大さが分かっていない。


ペンギンクラブからやり直してきなさい。


エロは人間いや、生物に必要不可欠な「繁殖」を別アングルから見た姿であって、
その本質に違いはない。


エロを否定することはつまり「繁殖行動」の否定であり、
人類の未来を否定することに他ならない。


そんな「エロ」。


コレを義務教育はそのカテゴリごとすっ飛ばしてしまっている。


「そんな!じゃあうちのツトムをどこに預ければいいの??」


おっと奥さん、悲観するのは早すぎる。
転校の手続きは俺の話を聞いてからにしな。


義務教育もそう言われるのを恐れてか、ほんのさわりだけ紹介している。


それが「性教育」である。


もっともらしく「性」なんて字を当てているが、
コレは「エロ」と同義語だ。


つまり「エロ教育」


最近の性教育はなかなか踏み込んできていて、
「コンドームの付け方」まで教えてくれる。


確かに「コンドームの付け方」は、睾丸の内部構造なんかより遥かに有用な情報だ。


さらに僕が高校生の時分、
教材用ビデオでフルCGで透明人間(体内の様子が透けて見える)の男女が

結合するシーンがあったが、
その男がピストン運動をしていたから、
最近の性教育はかなり実用的だと言っていい。


だがそれでも完璧ではない。

性教育はもっと、もっと初歩的なことを見落としている。


つまり、

「どうしたら女の人は潤うか」

「むしろどうやってブラジャーを外すのか」

「そもそもどこでコトに及ぶのか」

的情報である。


教科書は、

「性交は学生時代は自分の部屋で親の侵入に怯えながらすること」

なんて教えてくれない。


「決して野外では及ばないこと」


とすら書いていない。


「しかしたまには、敢えて野外での性交にチャレンジすること」

ぐらいまで書いてあって欲しいものなのに。



「うちのツトムは…!!」



シャラップ!!

話はまだ終わっちゃいないぜ、マダム。


安心して欲しい。

これらの情報は軒並み「エロ本」ないし「エロビデオ」が雄大に語ってくれる


これら俗に言う「エロ資料」は、性教育の欠点を補完して余りある素材である。


つまり、性教育は「基礎知識編」であり、
エロ本ないしエロビデオは「完全攻略編」であるといえる。


ここで注目して欲しいのはこの双方は相互依存の関係にあるということだ。

「完全攻略編」がなければ「基礎知識編」はただのデータベースであり、
また「基礎知識編」がなければ「完全攻略編」に及ぶべくもない。


互いが無ければ互いが存在し得ない。

つまり「性教育」は「エロ本(ないしエロビデオ)」の存在を前提に編まれているのである。


だから少年達が「エロ本(ないしエロビデオ)」を、

「あっちの教科書」などとふざけて呼ぶのは、

本質的には間違っていない。


義務教育に織り込まれた「性教育」。

友達同士のネットワークを無限に流通する「エロ本(ないしエロビデオ)」。


「飛天御剣流は、隙を生じぬ二段構え!!」

「るろうに剣心」は自慢げに語っていたが、
こちらも負けたものではない。


「エロ教育は、隙を生じぬ二段構え!!」

高らかにそう宣言して欲しい。



そんな、鉄壁のエロ教育。
しかしその二段構えの網の目を潜り抜けた、盲点がある。
最近僕はこれに懊悩している。



性教育改革-男の正しい"あえぎ方"を究明」につづく