こんにちは。
売れっ子「告白コンサルタント」、パンパース和田です。
皆さんも
『告白』というものをしたことがあるでしょう。
今回はその告白について考察していきます。
下ネタ的要素はありません。
同じサークルの○○ちゃんが気になっている
ちゃらかし大学生のみならず、"初恋"まっさかり
の純愛中学生も是非ご参考にされたし。
『告白』
それは、学生(大学生は含まない)の一大イベント。
誰かが『告白』するとなったら、
たとえそれが今まで気にもしたことのない人たちでも、
僕たちは好奇心を剥き出しにする。
「○○が、××にコクるらしい…」
この手の噂は、光の速さで校内を駆け巡り話のネタになる。
おもしろくて面白くてたまらない。
お祭りの始まりだ。
そして人々は、思い思いのことを口にする。
「え~、ちょっとそれはナイでしょ。無謀よムボー」
「前からあの二人、実はいい感じだったんだよ…」
「『無理』に千円!!」
それまで、全くと言っていいほど目立たなかった○○が、
一躍脚光を浴びる。
一方、僕らは年をとればとるほど、臆病になっていく。
大人になるにつれ、『告白』は一種の儀式と化していき、
終にそれは単なる「確認作業」となる。
つまり僕らは経験を積むにつれ、
リスクを避ける方法論を編み出していく。
「これは、イケるな」
そう確信するまで、最後の一手は放たない。
徐々に、徐々に外堀から埋めていき、
もはや「お互いが好き合っている」ということが暗黙の了解となるまで、
蛇のような執念で我慢する。
そして、
コジャレたレストランで飯を食い、
コジャレたバーで酒を飲み、
コジャレた夜景スポットで告白する。
「好きです」
こんな告白には、何のドラマもない。
完全なる八百長だ。
「今日は、コジャレたレストランに行こう」
この時点で、相手は八割がた察するはずだ。
「あぁ、今日か」
もはやお互いに好き合っているのだから、
答えは「YES」に決まっている。
男「今日、~~っていうレストランを予約したんだ」
女「あぁ、本当に?私もアナタのことが好きだったの!…やさしく、してね」
男「グハハハ!!」
無駄を省けばこうなるのだ。(「性教育改革-正しい男性の心得」を参照)
ようは、それを境に、
相手におおっぴらに嫉妬することが許され、
友達に「彼女(ないし彼氏)できた」と言いふらすことができ、
昼間っからチュパチュパレロレロ出来るようになる。
そういうことだ。
大人になっても、チャレンジ精神に溢れた人はいるだろう。
しかしそれは本当に、中学ないし高校の時と同じ、
ヒリつくような緊張感を持っているか。
答えはノーだ。
あの頃は、「二人でどこかに行く」という行為は、
付き合う前には許されていなかった。
行けば必ず「二人は付き合ってる」と噂になり、
周りの盛り上がりに反比例するように、当人たちは冷めていく。
待つのは学生ならではの終局、「自然消滅」というヤツだ。
だから学生たちは何とかして、俗に言う「グループ交際」を始めようとする。
男3、女3でのディズニーランド。
このときばかりは数年来の友達にすら、
「早く空気読んで消えろよ」
と心の中で悪態をつく。
しかしグループ交際では、
意中の相手(仮に××)が自分を好いているとは限らない。
「ごめんね、私、△△君が好きなの…」
こんな残酷な場面。
あなたは涙を堪えてこういうはずだ。
「あ、そーなんだ…。△△も××のこと好きだと思うよ…」
そこに根拠はない。
そしてあなたは痛いぐらいに空回りを始める。
「な~んか、△△と××、超似合ってねぇ~??」
心なしか、あなたの声は震えている。
頬を染める××。
しかしあなたは△△にトイレでたしなめられる。
「俺さ、××とかナイから。マジやめろ」
うう、書いてて涙が止まらない…
(こんなシチュエーションになったことはないが)
話が脱線したようだ。
つまり、学生の頃の『告白』はギャンブル性が高く、
それだけにスキャンダラスであった。
学生たちの告白と、大人たちの告白。
その最大の違いはやはり、「成功率」ということになろう。
我々大人は、告白の前から成功率をほぼ100%に近づけようとする。
具体的に言ってしまうと、
隙を見て「好き」的なニュアンスを、メールなり会話なりに巧みに織り込んでしまうのだ。
そして相手の反応から「押すべきか、引くべきか」といったようなものを判断する。
それはつまり事前の確約であり、
関が原直前の徳川家康と小早川秀秋のやり取りとなんら変わりはない。
それこそが、大人の『告白』を八百長とならしめている元凶なのである。
事前の告知など要らない。
本当の『告白』は、さながら「川中島」でなければならない。
勝敗は予想を許さない。
天国か、地獄か。
ヒリつくようなその瞬間。
「狂気の沙汰ほど面白いっっ!!」
それはある種の脳内麻薬。
考えてみれば、
相手が自分を好きかどうか全くの未知数での「YES」と、
相手が自分を好きなことを知った上での「YES」。
より感動するのが前者であることは、自明の理である。
僕たちは、挑み続けなければいけない。
告白の成功率を下げること、いや正確には、
その成功率をあらかじめ推測し得る機会を減らすことは、
すなわち「YES」の答えを手にしたときの感激を増すことである。
だから僕たちは、より大きな感動を手にするために、
相手に「これから告白する」ということを悟られてはいけない。
例を挙げると、、、
アキラは、同僚のメグミに想いを寄せている。
同期の飲み会などで話したことはあるが、
二人で食事…などという経験はない。
アキラは意を決してメグミに言った。
「今夜、二人で食事でも、どう?」
…
ダメだーーー!!
ダメの典型。
既に保守的、打算的。
へタレ、ここに極まれり。
『感動の告白』を敢行するためには、
基本的に誘っちゃダメだ。
なぜなら、相手がその誘いに乗ってきた時点で、
アキラには軽い「よっしゃー!」が待っている。
便宜上「プチ嬉しい」と言うことにする。
この「プチ嬉しい」は何が嬉しいのかというと、
「二人での食事にOKということは、告白してもイケる可能性大」
ということに「嬉しい」と感じているのだ。
誘ってそれが成就すれば、必ずや「プチ嬉しい」はやってくる。
そしてこの「プチ嬉しい」を感じてしまった時点で、
『告白』という大舞台での感動は確実に減少してしまう。
というより、「二人での食事」を承諾された時点で、
もう告白の答えは、ほぼ「OK」だと考えていい。
だからもう、不意打ちしかない。
アキラはメグミを見た。
メグミは午後の会議で配布する資料に目を通している。
アキラは頬を染め、切り出した。
「メグミさん…」
あー、ダメだダメだ。
全然ダメ。
頬を染めちゃダメ。
確実に悟られるから。
優しく「なあに?」なんて言われたら
「プチ嬉しい」来ちゃうでしょ。
面倒だから正解行っちゃいましょう。
メグミは、同僚のイクミと昼食をとるために、
社を出ようと廊下を歩いていた。
前から、同期のアキラが歩いてくるのが見える。
「うわ、アキラ君、なんか知んないけど怒ってる」
メグミがそう思ったのも無理はない。
アキラは中空を睨み、鬼をもひしごうという顔をしている。
「なにかあったのかしら…」
メグミはそうは思わない。
そこまで二人の仲は深くなかった。
メグミの目の前で、アキラは立ち止まった。
「―いったい何?」
メグミはそう思ったが、口には出さず笑顔で答えた。
「メグミさん!!」
アキラの割れ鐘のような大声に、
メグミもイクミも思わずビクつく。
「お、怒られる!!」
メグミがそう感じたとき、アキラは言った――。
「好いとる。付き合うとくれ…」
これが、正解。
相手に悟られない、あの頃のような緊張感を持った『告白』
チャレンジャー・アキラには、
確実に次のような賛辞が待っている。
「キモッ!」