ゼミ合宿に参加する男女の恋愛心理-公認合コン疑惑について

どうも。


さてさて、

春夏秋冬の長期休暇の間は、世の大学3、4年生の男女にとって
恋愛の季節である。


と同時に、ゼミ合宿の季節である(らしい)。


僕には全く関係ないのだが、
とにかくゼミ合宿の時期らしい。


では、一体「ゼミ合宿」とは何なのだろう?


まずは、ゼミ、つまりゼミナールについて。
大学生のゼミ-恋愛闘技場の実態


我が大学では、文書の中では「研究会」と称される。

一人の教授の下に10~20人の学生が集い、
あるテーマについて、まさに「研究」する。

そんなアカデミックなスペース、それが研究会(ゼミ)。


ではその「合宿」って、なに??


ここで重要なのは、
研究する権利は男女に等しく与えられているハズだから、

研究会には男子もいれば女子もいるということ。
多くの研究会は男女が混在している現状だ。
その心理はいかに?
下心?下ネタ??


――その時僕の頭に、閃光のようにある疑問が浮かんだ。


「ゼミ合宿って、泊まりの合コンじゃないのか…??」

「体裁のいい合コン、大学公認の淫らな合コン」


前述の通り、僕はゼミに所属していない人間だから、
それについては詳しくは知らない。


僕はずっと、大学の「ゼミ」なるものは、
崇高な識者の集まりだと思ってきた。


しかし…


「ゼミ対抗の、ソフトボール大会があるらしい」


こんな情報を入手してから、僕のゼミに対する観念は揺らぎだした。


「しかもそのソフトボール大会、

 開催は昼間にも係わらず、飲みながららしい…」


な、なんたること!!?

ゼミに入れるのは大学の3、4年生だから、
ゼミ生達は例外なく二十歳を超えている。

いくら飲んでもノープロブレムだ。

だけど、…だけど!!
君達は「研究」するために集まったんじゃないのかい??

そんな状態では些細な恋愛のトーク、男女のスキンシップで
事足りるはずはない。

必ずボブ(男根)的な要素が現れるに違いない。

それがわれわれ人間の存在理由。
男女の心理の根底を動かしているものなのだから。



「マキー!その調子よ!!ガンガン三振取っちゃえ~!!」


「うへぇ、相手のピッチャーの女の子、

 ベッピンさんなのにエライ球投げるなぁ…」


「ふふ、なぁに。…所詮は女よ


「さーぁ、次は誰!?」


「俺さ…」


「な…あんた酔いすぎよ!

 バット持って打席に立ちなさいよ!!」


「おやおや、マキさん…だったかな?

 おたく、これ以上に立派なバット、見たことがあるのかい?」


「あ、あんた、なに出して…。それ…」


「…ピッチャー返しに気をつけなよ、マキさん」


「ちょっと、そ、そんなの反則よ!」


「おや、そうですかい?

 しかしね、マキさん。おたくの努力次第で、バットは小さくもなるんだがね。

 おたくが上手に、振ってくれたらねえ」


「(ゴクッ)」


「…どうなんだい?」


「わ、私の、この…グローブに、収めてください…」


「ふふ。その可愛いグローブには、ちとキツイかもしれんねぇ」


ってなことになるんと違うんかい!!?


違うんかい!!!!?



それに加えて今度は「合宿」とか言いやがる。
研究に合宿が必要かい?


「合コン宿(ごうこんやど)」なんちゃうんかい!?


だから僕は、ゼミに入っている友達にこう言った。

「ゼミ合宿の、プログラム見せろよ。

 あるだろ?『シオリ』みたいの」


…当然の要求である。
非ゼミ生にも、情報を公開すべきだ。

しかしそいつは言った。


「そんなもんねーよ。(これだからノンゼミは…)」


僕はくびり殺したい衝動を必死に抑え、聞いた。


「じゃあ、何するのか教えろよ」


「…ディベート、とか?(うっせーなぁ)」


『とか?』じゃねーよ!『とか?』じゃ!!

こっちが聞いてんの!!


つーかディベートなんかやる訳ねーよ!!

20そこそこの男女が大勢で泊まりに行って、
ディベートなんかやる訳ねーじゃん。


セックルだよ、セックル。


みんな考えてることは一緒。
男も女も。


「ゼミにかこつけて、気になるあの人とハードにファッッキンしたいなあ


って思ってるに決まってるよ!!


みんなが思ってりゃあ需要と供給がピッタリ合致、

神の見えざる手(マン)から、
下のお口とク・ン・ニディベート


「ユウナちゃんの金融市場に、短期資金を供給するよ!!」

「ステキ!!セイジ君の公定歩合が、私の短期金利にちょうど当たってるのぉ~!」

「じゃあこれはどうだい?!」

「あぁあ、買いオペ、買いオペーーー!!」



ってか!!




あ~、

羨ましい。

合コンの2次会で使える-グローバルな下ネタ恋愛トーク

今日のネタはシモネタは下ネタでも国内有数の
"優良"下ネタ工場で作られておりますゆえ、
しもねた好きのみなさんも覚悟してかかってください。

なんせ今回はグローバルなお話しなので。

下ネタアレルギーの方は今すぐパソコンのコードを食い千切るなりして、
視聴をお止めください。

合コンでもいきなりこの話しをするのはリスキー。
2次会では主題ともなりうる壮大なテーマです。

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「上を見(る)な、身の程を知れ」


これはかつての征夷大将軍、徳川家康が遺した言葉だ。

時の最高権力者にまで上り詰めた漢の遺した言葉だから、
その意味は「時流に逆らうな」というようなものであったろう。


しかし時には、この言葉を文面どおりにとる必要がある。

文字通り、身の程を知らなければいけない時…



もちろんお分かりのことだろう。


そう、洋物のAV(裏)を見たときだ。


僕ら男子は、外人の、その、言うならば黒船に畏怖せざるを得ない。


「な、なんという…」

「まさに馬並…」


外人男優に備え付けられた規格外のイチモツ。
その前に我々日本人男子の多くは畏敬の念すら抱く。


「とてもじゃないが、、、敵わない」


そんなセリフをつい漏らしがちだ。


しかし、果たしてそうであろうか?
今日の議題はこれだ。



男性の反応がこうであるから、女性の場合はもっと悲惨だ。
日本人女性が例えばアメリカ人男性の44マグナムを見たとき。


無理。


しか、そこに言葉はあるまい。


それもそのはず、


同民族間サイズ適応の法則」によれば、


日本人女性のそれは日本人男性のあれとジャストフィットの関係にある。


(※同民族間サイズ適応の法則=摩擦を与える関係から立証される。)



極端な話、男性はいくら外人のそれがデカかろうと
それを振り回して戦うわけじゃない以上、はっきり言って無関係だ。


しかし女性はもし外人男性と関係を持つに至った場合、
その巨大なユカタン半島を収納しなければいけないのだから、大問題だ。


これを、「異民族間サイズ不適応問題」という。


しかしこの「異民族間サイズ不適合問題」は、思わぬところに飛び火する。


我々は男優の股間に生えたクロコダイルダンディーに脅かされ、
そして次の瞬間、新たなる戦慄を体験する。


「ア、アレが入っている…


そう、外国人女性はそれを収納し得るという事実。
先ほどの「同民族間サイズ適応の法則」が成り立っているのだ。


すると僕ら男子には新たなる命題が与えられる。


「外人女性を、どう攻略する…」


つまり「同民族間サイズ適応の法則」を経由しての、
2次的な「異民族間サイズ不適応問題」の発生である。


外人男性のあれを収納し得る外人女性のそれ。
我々日本人からすればまさにそれはグランドキャニオン


僕らが自らの非力さに絶望したとき、徳川家康の言葉を理解する。


「上を見な、身の程を知れ」と。


そしてその絶望の間接的原因となった外人男性のトーテムポールは、誇らしげに、言う。


「大は小を兼ねる」と。


これが、僕ら日本人男性の抱える「チンポ・コンプレックス」だ。


(↑なんだかリズムがいいので一度口に出していってみて欲しい。

 「チンポ・コンプレックス」)




こんな話を女性にすると、女性たちはよく


「モノがデカイ方がいいなんて思ってるの、男だけだよ?」


と僕を諭す。


確かにそうであろう。
必要以上に大きなそれは女性にとっては迷惑に違いない。



しかし…

しかし!!


チンポは、時に雄弁だ。


象徴


下半身の比喩にこれほど的確なものはあるまい。
それは男の象徴、なのである。


その象徴が、小さい―――。



日本人男子は文明開化以来、劣等感と共に歩んできた。


あれほど「尊皇攘夷、ソンノージョーイ!!」と叫び続けた幕末。


蓋を開けてみれば、夷敵の方が大きな象徴を持っているではないか。


その矛盾を、日本人は生活様式や国家組織の欧米化によって解消しようとした。
しかし、いや当然というべきか、それが是正されることはなかった。


そんな中、僕は今胸を張って言える。


日本男子よ、俺たちは、負けてはいない」と。


「はは、まだあんなこと言ってるヤツがいるぜ。

 食い物が違うんだ、勝てるわけないさ…」


絶望した者たちは、ニヒルにそう笑う。



たしかに、こと「長さ」と「太さ」、
そのXY平面においては敵わないかもしれない。


だが君たちは、いや、私たちは忘れていた。
新たなる方向、新たなる次元を。つまり、Z軸の存在を。


Z軸――そう、「硬さ」だ。


僕は知っている。
外人のそれは、臨戦態勢になっても太巻きぐらいの硬さしかないことを。


僕は知っている。
日本人のそれは、臨戦態勢になったら金剛石と化すことを。


※金剛石=ダイヤモンド




かつて、
日米修好通商条約を締結する際に、駐日総領事タウンゼント・ハリスはこんな皮肉を言った。


「日本人は律儀だ。狭い国土にあわせて、ポコチンも小さくしている」


それに対し、大老井伊直弼はこう言い返したという。


「うるせえ、バーカ。ぶよぶよチンコ」



日本刀とフルーレ。
何が違うと問われれば、


答えは一つしかない。


「硬さが、違う」

高校生が盛り上がる下ネタ-プールの授業中の女子

人間というものは、学習する動物である。

人間じゃなくとも学習する動物はいるが、
おそらく人間に最も顕著であろう。


高校の時分、僕たちは最も学習した。
社会人となる土台を築いたと言っていい。



友人のこと、

歴史のこと、

数のこと、

恋愛のこと、

"性のこと"――。


学習したことには、応用、ないし実践が付いてまわる。

僕らの知識欲は、学習しっぱなしを許さない。


友人関係から学んだことは、新たなる友人に。

歴史の授業で学んだことは、現代のニュースの根底に。

数学の授業で学んだことは、日常に起こりうる数理的現象に。

恋愛の経験で学んだことは、また、新たなる出会いに。



我々には、このような『実践欲』と呼べるような機能が備わっている。
自分が面白いと思った話は、誰もが他人にしたくなる。


学習がこのような衝動を駆り立てることは、
おそらくは分別のある大人なら誰だって知っていることだ。



では、なぜ…。



なぜ、高校には保健の授業があり、
同時に体育でのプール授業があるのか


我々の『実践欲』、それは強烈である。

向かいのプールサイドに水着の女子がいれば、
我々は、見ざるを得ない。


その、肥沃な三角州を。


言わば、大人たちにそう仕向けられていたのだ。
我々に罪はない。

今日は、そんなお話。




高校2年生当時。

僕らの体育の授業は5時間目、つまり昼休みの後。

季節は、夏――。


僕らは4時間目を終えると急いで弁当を貪り、

声を掛け合う。


「行こうぜ」

「…あぁ」

向かう先は、もちろん、プールサイド。


誰もいない更衣室で着替え、

誰もいないシャワーを浴び、

誰もいない塩素につかる。


プールには、いつも水泳部の連中がいた。

夏場しか活動できない、セミのような彼らに、僕らは頼み込む。

「端っこ、使わせてよ」

彼らは気前良く、端のレーンを空けてくれた。

僕らの、いや、僕のたくらみに気付いていないのだ。

「体育の予習なんて、珍しいな…」

彼らは微笑みながら、そう目で語っていた。


僕らは、知恵を振り絞り、遊んだ。

僕と友人Bの発想を足し合わせれば、飽きることなどなかった。


飛び込んだ。

ビート版を、股に挟んだ。

足ヒレをつけて、オリンピック選手のつもりになった。

足は、何回もツった。


そこには、高校生にしても幼すぎるぐらい、

無邪気で、純粋な、僕らがいた。
シモネタ要素満載の高校のプールに浸かっていても
下ネタなど微塵も考えていなかった。


クラスの奴らがチラホラとプールサイドに現れると、

「あっ、ずるいぞ。先に来てたのか!」

彼らはそう言って、羨ましそうに僕らを見た。


先生が来ると、みんな並んでいた。
僕らの水着だけ、濡れていた。


女子たちは、時間に正確だ。

僕らに水着姿をさらす時間、それを最小限に食い止めたかったのだろう。
水着に着替えずに、後ろに座っている女子もいた。

僕らは表面上は何の気にもしていない風を装っていたが、

内心は、


「アイツ、今日…クケケケ

と、何故か勝ったつもりになっていた。
この辺から僕らの無限大の想像力はしもネタという
フィールドを暴走し始める。


授業が始まると、まずは体操だった。

僕らはプールサイドに横一列に整列し、
女子たちも対岸でそうしていた。


おそらくここが、プール授業のハイライトだ。
その頃、裸眼で2,0というオスマン・サンコン並みの視力を有していた僕は、
女体の観察に余念がなかった。


いや、僕だけではない。

誰もが、対岸を見ていた。

「○○、ハンパねぇな」

声に出して言うやつまでいた。


女体を見ていた――というと、いささか語弊があるかもしれない。

僕らが見ていたのは、正確には一点だけ。
ある部分、ある地方。

それは女体の下部に位置するアマゾン川デルタ。
そこにはセルバと呼ばれる密林が存在するという。


体操が、屈伸、伸脚に差し掛かった。
僕らは眼を細め、未踏の境地を探求する。


「ひょっとしたら、セルバが見れるかもしれない…」


そんな祈りにも似た願望、純粋な探究心は、

無残に打ち砕かれる。
そこには既に、人間の手が加わっていた。


森林伐採――深刻な環境問題は、こんな未開の地にまで飛び火している。


だが体操にはもう一つのハイライトがある。

『ジャンプ』だ。


僕らの視線は自然と上向く。
女体の上部で起こるだろう光景を目撃すべく、


全ての男子が少しだけ、顎を上げた。


それは、自然が生み出す神秘の光景。

眼前に起こる"ポロロッカ"に、僕らは嘆息を漏らす。


「生まれてきて、良かった…」


ここでうずくまるヤツもいた。
あまりに雄大な景色を前にして、

己の矮小さに耐えられなくなったのか。


それとも、

ただ単に勃起したのか。
今となっては知る術はない。



いざ、入水。

水の中を見てみるといい。
そこには必要以上に長く潜っているやつがいる。

彼らは現地民に悟られることなく、

入念にアマゾン川デルタを調査している。


プロの仕事、と言っていい。



1、2、3コースは男子のコース。

4、5、6コースは女子のコース。


3コースで息継ぎを忘れるやつがいる。
きっと4コースで泳ぐ平泳ぎの女子を見過ぎたせいだろう。


息継ぎを忘れるほど徹底的な実地調査を行う彼の将来は、
きっと立派な文化人類学者だ。



そうかと思えば、
後ろがつかえているのになかなかプールから上がらないやつがいる。

彼はきっと、調査を繰り返すうちに、己の中に大きなシンパシーが…


いや、


勃起だ。



授業の終盤、僕らに自由時間が与えられる。

僕らが本当に欲しているのは一人個室での五分間だけだったが、
大人はいつも分かってくれない。


この自由時間、僕らはいつも、悩む。


「めいっぱい、遊ぶか…

 それとも、

 めいっぱい、見るか――」


懊悩した末に、大半の者は前者を選ぶ。
だが僕は授業が始まる前、ブッチと嫌になるほど遊んでおいた。


無邪気にプールで遊ぶ学友たちを見て、一人呟く。


「遊ぶ?プールで?ちゃんちゃら可笑しいぜ」


そこにあるのは、
そう、自分がお腹一杯な時に、

ご飯をガッツいている友達を見るような…


あるいは、
自分がオナニーを済ました後、


「エーブイ見ようぜ、AV見ようぜ」と提案してくる友達を見るような…。


「バカじゃねーの、コイツ」的視線。



「今しか、ない――」

僕はいつも冷静だ。
3コースで4コースの女子と話し始めるやつ。

僕は心の中でそいつを嘲る。



「現地民との交流など無意味!

 俺が求めるのは手付かずの自然だ!!」



しかし今にして思えば彼は、
もっと本格的な、長期的視野における、

現地民の承諾の元の包括的フィールド・ワークを目指していたのかもしれない。


だとしたら賢いヤツだ。
しかし時間は限られている。

水泳の授業の、10分やそこらの自由時間に、
そこまで交渉が進むとは到底思えない。



「遠く大きな理想より、

 近くの確実な収益を」


これが僕なりの経営理念だ。


僕はきっと、水泳の授業をクラスで最も楽しんでいたと思う。



あの頃の僕は、こんなものだった。
誰もがこんなであったことを願いつつ、

ヒかれるのを恐れつつ

「よくぞ正直に…」と褒められるのを期待しつつ、

ここに筆を置く。


女子サイドからの意見求む。

大学生のゼミ-恋愛闘技場の実態

こんにちは。

今回は大学生の下心活動、「ゼミ」について考えます。


大学生活の3,4年男性諸君、女子一行のメインはなんと言っても、


ゼミでしょう。


正しくはゼミナール、日本語では研究会とか訳されます。


ゼミではゼミ合宿とかいう


合宿に名を借りた合コン
あるらしいですし、


さらに就職へのコネクションもあり、
さらにさらに!男女の恋愛からワンナイトラブまで、

そうとうな甘い蜜がそろっているわけです。


さらにさらにさらに、


「女性の友達が出来る」という


ぼくにとっては垂涎の特典までついてくるのだから、
たまらない。


そこは、大学生の前半をサークル・合コン・バイト・恋愛を満喫してすごしてきた
兵(つわもの)どもの新たな闘技場。

初顔合わせの時から、

「彼女は?彼氏わ?」的な恋愛トークをさりげなく織り込み、
Doするんだ。



そんな期待に胸膨らませ、友達に聞いてみた。


「オススメのゼミはなんなん??」


しかしここで驚愕の返答が。


「多分もう入れねえよ」


う、うっそ~~ん!!?



な、なんでなんで?

俺が貧乏だから??

俺が留年ヤローだから??

俺がラジアンを知らない世代だから??


※ラジアン=弧度法


しかし理由はそうではなかった。



僕がネパールに行ったり、
部屋でガムシャラに筋トレをしたり、
宮本武蔵に憧れたりしていた去年の秋、


説明会やら懇談会やらは終わってしまったらしい。


し、知らんかった… (; ̄Д ̄)


ま、いいけどね。


ふ~ん。
そうですか。


そーゆーやり方しますか。


あくまで俺はのけ者ですか。
そっちがそう来るなら、


こっちにも手はあるんだぜ


無いけど


というわけで、ノンゼミ決定。

僕のゼミというどんな合コンでも上回ることのできない、
濃密な男女の出会い、恋愛の場を逃がすことになってしまった。


ゼミ合宿に参加する男女の深層心理-公認合コン疑惑についてへ続く

性教育改革-男の正しい心得

こんにちは。
真夜中の陪審員、パンパース和田です。


「日本の性教育のあり方」について憂う僕ですが、
今日は一歩踏み出した性教育論を論じてみようと思います。


最近政界でも当サイトの愛読者が出始めているというら
気合いをいれて論じていくことにしましょう。


////////////


我が国の性教育において、
どこにも見本ないし雛形的、指標的なものが無いもの。


それは…


「男のあえぎ声」だ。


思い出してもみて欲しい。

「あえぎ声」、それは男女問わずニャンニャンにおいて重要かつ必須のファクター。
その「行為」そのものを盛り上げる、舞台装置の一つといえる。


しかし、性教育がかつて私たちに、
「『あんっ』の発音の仕方」などといったものを授けてくれたであろうか。


答えは、否である。


「SEXは総合芸術である」


というのは皆さん共通の認識であると思うが、
では同じく総合芸術である「演劇」において、SEXの「あえぎ声」とは何に値するか。


それは言うまでもなく「セリフ」である。


我々が成人するまで、様々な媒体から「演劇」を学んできたとする。
時に学校での授業、時に自室での自主トレーニング。


しかし、どのような教材にも、


「セリフ」に関しての指南が無い。皆無である。



一体、こんなことがありえるだろうか。
教育委員会の想定する「演劇」は、セリフのない、パントマイム劇なのか。


我々が受けてきたSEXに関する教育は、杜撰なものであったというしかない。



しかしこの「あえぎの悩み」には、いささかの男女差がある。

その証拠に女性の悩みは男性のそれほど深刻ではない。
なぜなら、「女性がその時、どうすべきか」という包括的指標となる教材があるからである。


それがアダルティーVHS、つまりはAVだ。


AVはその用途から、女性にフォーカスしたものが圧倒的に多い。
むしろほぼ女性しか映していないといっても過言ではない。

その中で天使たちは、


「あっ」ないし「あんっ」および「だめぇ」さらに「いやぁ」等のあえぎ声を漏らす。


そこから女性たちは

「ははぁ、我々は最中にこういった発言をするのが好ましいのだな」

と学習し得る。


「AVは男性のもの」という固定観念は世間が作り出した女性への試練だが、
それを乗り越えれば彼女たちは最高の指南書を手にすることが約束されている。


世の女性たちが


「へ~ぇ、こんなの見てんだ。見てみようよ


などとしきりに言うのはこのためだ。



男性諸君は、羨望を感じずにはいられないだろう。



SEXの最中、男性はどんな顔をすればいいのか。
どこを見ているのか。


そして、どんな声を出すべきか。


それらをAVは、語ってくれない。
それに気付いた僕たちは、AVを映し出すテレビに向かってこう叫ぶ。


「引いて、もっと引いて!」

「男優にもスポットライトを!!」


しかし悲しいかな、その想いは届かずに青空に溶ける。

我々が目にし得るのは男優の一部分、
つまり誇り高きビッグ・ジョンのみというのが現実だ。



「いやいや、男優だって声出してる時あるじゃん」


そうだ。
確かに、ある。


だが、アレは参考にならない。


貴方は言えるか。


愛する彼女とのSEXの最中に、


「はぁぁ、イクよ。○○ちゃん、イクよ!顔に、顔に出すからね!!はぁ、はぁ、…ん!!」


と。


これは、浅はかな推測ではあるが、
おそらく正解ではあるまい。


では、正解はどこに…。



探したって無駄さ。
それはどこにも無いんだ。


これは世間が、社会が生み出した究極のクエスチョン。


男子はSEXを覚え、そして軒並みこの問題に直面する。
しかしこれは完全なノーヒント。



「男って、アノ時どんな声を出すべきなんだ?」


日々そう悩む人は、聡明だ。
僕らがそれに関して何のヒントも与えられていないこと。


そしてそれに何の異も唱えない世間。


それに気付いたアナタは、
一歩ソクラテスに近づいた。


ソクラテスはこう言った。

「私は、私が何も知らないことを知っている」

それはつまり、知ったつもりの人よりも賢いということ。



ある種最も難解な問いを発見してしまった僕。

それを、見逃すのは容易い。

見てみぬフリをして、その場を通り過ぎればいい。
多くの大人たちがそうしているように。


しかし僕は、逃げない。

モンゴルの草原でヘンなオッサンに「殺すぞ」と言われ逃げてしまったあの日。

あの日から、僕は逃げないと決めたんだ。



僕は何も知らないバイトの後輩、草野君(実名、20歳♂)にこの質問をぶつけてみた。


「なあ草野君。君はチョメチョメの最中、どんな声を出すんだい?」


草野は言った。


「ん~、無言すかね」



それは、いただけない。
そもそもSEXとは相互扶助の精神の上に成り立っている。

それなのに無言だなんて。


もし相手の女の子が無言だったら、お前はどんな気持ちになる??


僕はそう草野に説教をした。
こんないい先輩もなかなかいまい。


草野はこうも言った。


「まぁ、『はぁはぁ』言ったりもしますね」



『はぁはぁ』


おそらく世の多くの男性はこれを正解ないしスタンダードと思っておられることだろう。
さっきも言ったが、SEXというのは基本的に相互扶助の精神に則って執り行われている。


つまりは「貸し借りなし」であって、イーブンの関係でなくてはならない。


『はぁはぁ』を正解とする殿方たち。

あなたたちは言えるか。


本当に女の子の、


「ん!あ、あぁ…や、やめ!!はぁあ!!」


と、男子の「はぁはぁ」がイーブンだと言えるか!!?


「いや、そんなイーブンとか…。だって、なぁ?」


こんな返しが聞こえてくるようだ。


彼女たちの


「ん!あ、あぁ…や、やめ!!はぁあ!!」


から、我々は何を読み取るか。


「『やめて』なんて言いながら、気持ち良いもんだから本当は続けて欲しいんだろう」

「普段は大人しいこの子も、こんなに乱れるのか…」


そう考え、より一層駆り立てられることだろう。


しかし我々の「はぁはぁ」は彼女たちに何を与えるか。



「この人、有酸素運動に弱いのね。筋持久力がないのかしら」


そんな程度のものである。


やはり「はぁはぁ」言ってると、どうしても「疲れてる」という印象を持たれかねない。


そんなものはいらない。
僕が求めているのは蒸気機関のような力強さだ。


皆さんも、男子も女子も、きっとそうであろう。


日出る国に生まれた、イザナギの子孫たちは、
SEXの途中で疲れたりはしない。


ただ、種馬のように完遂する。
そんな気概を持ち合わせているはずだ。



「じゃあ、なんて言えばいいんだよ」

「そろそろ答えを教えてくれよ…」



もうネをあげるのか。
私がここまで苦心して導き出した答えを、ただで手に入れようとするのか。



そういえば草野君もそんなことを言ってきた。


「じゃあ先輩はなんて言うんですか??」


私はその時は無頼派を気取り、


「俺?『ベイベ、ベイベ!!』かな


なんて答えたが、あれはブラフだ。
本当の答えは別にある。




男子のあえぎ声に必要とされているのは、





「余裕」と「快感」、そして「力強さ」の三つであることはすでに述べた。


「余裕」はまさにそれ。


『はぁはぁ』が全く余裕を持っていなかったことへの反省だ。



そして「快感」。
それは女性の『あん』的発言が語るもの。


「自分は今、快感である」という意思表示。


これは男性が『あん』を通して、


「コイツ今、気持ちいいんだな」と得意げになっている以上、


貸し借りなしにするためには織り込まなければならない。



そして「力強さ」
これは「余裕」と同じカテゴリに含まれるかも知れないが、

万一のために入れておく。



以上をまとめると、

男性のあえぎ声に求められている条件それは、

「相手の女性に『自分が快感である』ことを伝え、余裕があり尚且つ力強いセリフ」

ということになる。



ここまで言えば分かるだろう。



そう、





『グハハ』だ。





織田信長をイメージして出してもらうと分かりやすいか。


彼女との本番の最中。


彼女「ん!あ、あぁ…や、やめ!!はぁあ!!」



あなた「グハハ、グハハハ!」


なんと美しく、かつ対等な関係か。


日本男子は、かく在りたいものよ。。

正しい性教育のあり方

我々人間は、予め全ての物事を把握した状態で、
この世に出てくるわけじゃない。


むしろ全くの無知から一生をスタートさせる。


イギリスを代表する哲学者ロックも、


「タブラ・ラサ(何も書いていない板)」とそれを表現している。


だから僕らは大人になるために、社会に出るために
様々なことを学び、学習する必要がある。


逆に言うなら何かから学ばずして人は何かを知ることは出来ないのだ。



「赤信号は渡ってはいけない」

「公共料金は滞納するとマジで止めてくる」

「10個1パックの卵は、一人暮らしには多い」

「三角絞めを上手く逃れても、その後必ず十字を狙ってくる」

「羊の解体はどれだけ早く心臓を見つけられるかが鍵だ」

「股が痒かったらそれはインキンだ」

等々。


これらの有用な知識は僕が生まれながらに持っていたわけではない。
何かから学び、自らの血肉と化していった情報である。


そしてそれら膨大な「生きるのに必要な知識」の、
最も基本的な部分を教えてくれるのが義務教育である。


しかし義務教育が教えてくれないことも沢山ある。
つまり、個々の職業ごとに必要な専門的知識。
それを義務教育は教えてくれない。


でもそれは合理的な制度であって、
全ての職業に必要な全ての知識を教えていたら、

僕らは義務教育を終えることなく棺桶に入ってしまうことだろう。

だから、義務教育が教えてくれるのは、
必要な知識の最大公約数、つまり「誰もが必要な知識」だけ。


だがそれでも、それでも義務教育には欠点がある。
誰もが必要であるにもかかわらず、義務教育からスッポリと抜け落ちてしまっているコンテンツ。


それが「エロ」である。



「なんだよ、結局エロかよ」

「それが言いたいだけじゃん」


なんて言う輩もいるだろう。

君達はエロの重要さ、いや、その偉大さが分かっていない。


ペンギンクラブからやり直してきなさい。


エロは人間いや、生物に必要不可欠な「繁殖」を別アングルから見た姿であって、
その本質に違いはない。


エロを否定することはつまり「繁殖行動」の否定であり、
人類の未来を否定することに他ならない。


そんな「エロ」。


コレを義務教育はそのカテゴリごとすっ飛ばしてしまっている。


「そんな!じゃあうちのツトムをどこに預ければいいの??」


おっと奥さん、悲観するのは早すぎる。
転校の手続きは俺の話を聞いてからにしな。


義務教育もそう言われるのを恐れてか、ほんのさわりだけ紹介している。


それが「性教育」である。


もっともらしく「性」なんて字を当てているが、
コレは「エロ」と同義語だ。


つまり「エロ教育」


最近の性教育はなかなか踏み込んできていて、
「コンドームの付け方」まで教えてくれる。


確かに「コンドームの付け方」は、睾丸の内部構造なんかより遥かに有用な情報だ。


さらに僕が高校生の時分、
教材用ビデオでフルCGで透明人間(体内の様子が透けて見える)の男女が

結合するシーンがあったが、
その男がピストン運動をしていたから、
最近の性教育はかなり実用的だと言っていい。


だがそれでも完璧ではない。

性教育はもっと、もっと初歩的なことを見落としている。


つまり、

「どうしたら女の人は潤うか」

「むしろどうやってブラジャーを外すのか」

「そもそもどこでコトに及ぶのか」

的情報である。


教科書は、

「性交は学生時代は自分の部屋で親の侵入に怯えながらすること」

なんて教えてくれない。


「決して野外では及ばないこと」


とすら書いていない。


「しかしたまには、敢えて野外での性交にチャレンジすること」

ぐらいまで書いてあって欲しいものなのに。



「うちのツトムは…!!」



シャラップ!!

話はまだ終わっちゃいないぜ、マダム。


安心して欲しい。

これらの情報は軒並み「エロ本」ないし「エロビデオ」が雄大に語ってくれる


これら俗に言う「エロ資料」は、性教育の欠点を補完して余りある素材である。


つまり、性教育は「基礎知識編」であり、
エロ本ないしエロビデオは「完全攻略編」であるといえる。


ここで注目して欲しいのはこの双方は相互依存の関係にあるということだ。

「完全攻略編」がなければ「基礎知識編」はただのデータベースであり、
また「基礎知識編」がなければ「完全攻略編」に及ぶべくもない。


互いが無ければ互いが存在し得ない。

つまり「性教育」は「エロ本(ないしエロビデオ)」の存在を前提に編まれているのである。


だから少年達が「エロ本(ないしエロビデオ)」を、

「あっちの教科書」などとふざけて呼ぶのは、

本質的には間違っていない。


義務教育に織り込まれた「性教育」。

友達同士のネットワークを無限に流通する「エロ本(ないしエロビデオ)」。


「飛天御剣流は、隙を生じぬ二段構え!!」

「るろうに剣心」は自慢げに語っていたが、
こちらも負けたものではない。


「エロ教育は、隙を生じぬ二段構え!!」

高らかにそう宣言して欲しい。



そんな、鉄壁のエロ教育。
しかしその二段構えの網の目を潜り抜けた、盲点がある。
最近僕はこれに懊悩している。



性教育改革-男の正しい"あえぎ方"を究明」につづく

ラブホテルについて考えてみる

こんばんは。

あらゆる宿泊施設を「ラブホテル」に変える男、
パンパース和田です。

さて、早速本題ですが、今日はラブホテルに
ついて考察します。

最近のネタが恋愛観だとか告白論だとか
大学生のいちゃいちゃ観察だとかで


「手ぬるい!」


と思ってらっしゃる方も多い(?)ということで、



まぁタイトルが下ネタの考察なのですから、
ラブホテルくらい扱っとかないと。


///////////



ラブホテルの前でのことです。


そこはいつもの帰り道。


バイト終わりの疲れた体に、4月の風が心地いい。


坂を下り終わったところに、ラブホテルがある。


別に変わったところもない、すこし大きなラブホテルである。


僕がその前を通り過ぎようとしたところ、
ラブホテルから人が出てきた。



さて、この瞬間である。


この、「出てきた人」。


この人の顔を確認せずにそこを通り過ぎるという行動をとれる人間は、
果たしてこの地球に何人いるだろうか。いや、いまい(反語)


誰だって、「ラブホテルから出てくる男女ないし男男および女女」は気になるし、
僕なんかそれはもう、びっくりするぐらい見たい


「どんな奴らが出てくるんだ?」


そのときの思案顔はまさに悪魔のそれである。


ご多分にもれず僕がそちらを見たとき、出てきたのはオッサンだった。
ただの中年太りしたオッサンである。


「ううむ」


と唸る僕。


次に恐らくもう一人、人間が出てくるはずである。


それがどのような人だったら、
俺は最も興奮するか



①オバさん

これは、最も高い確率で現れ得るが、最も興奮しない。
サイテーの結末だ。


②若いOL

うむ。なかなかいい

先の男性はきっと上司かなんかか。
アナタみたいな若い女性が、こんなキッタナイおっさんのカメを…

想像の翼はどこまでも広がる。



③女子高生

…なんだ、

ビジネスか

しかしもしそんなことが起きたとしたら、

「君、自分を大切に」的な歯の浮くセリフを撒き散らし、

僕は彼女の手をとって走り出すことだろう(可愛いときに限り)。



④少年

これは…。
余り関わりたくはない。

しかし様々な価値観が多様化している現代、
オッサンvs少年の世代を超えたドリームデュエットも、

そこに愛さえあればそれは立派なラブソング。
僕はただ思う。

「好きにしてくれ」



⑤オッサン

スルーだ

人には他人に干渉して欲しくない趣味の世界が確実に存在する。
他人がそれに触れることは絶対的タブー。

オッサン同士のボーイズラブはその世界の最も深遠に安置されている。

素人が手を出していい話ではない。

僕がすることはただ一つ、
家に帰ってAVを見て、記憶を浄化することだけだ。




しかし神も仏もないとはこのことで、出てきたのは①のオバさんだった。


(ちなみに現在、うちもカミもホトケもない状態なので、カップ麺の容器に出すしかない



なんと言う残酷な結末。救いのない物語。


なんて考えながら見ていると、先に出てきたオッサンと目が合ってしまった。


なな、なんと気まずい。

しかし僕はそのオッサンに目で言う。


「あなた今、致しましたな?



だがオッサンもそこは流石に経験豊富、
目でこう返してくる。



「ええ。致しましたが??



さらにさらに、おっさんは声に出してこう言った。



「ああ、涼しい」



僕は戦慄した。


「このオッサン、只者ではない


外に出た今「涼しい」ということは、


裏を返せばホテルの中にいたときは「暑かった」ということであり、


「熱かった」ということである。


要はこのオッサン、僕に


俺とコイツのXXは、すげえ熱かったんだぜ


と告白したわけである。(注 XX=セックスないしエッチつまり交尾)


さらに邪推するならば、


「中はアツかったからな…」とこのセリフが続いた場合、


その「中」とはどこを指すのか



「で、できる」


と思わざるを得ない。




ほとぼりが冷めてから僕は思った。


「あれって、不倫だったのかな??」


至極、どうでもいい疑問である。


それが不倫であろうが、正規のものであろうが、行きずりの関係だろうが、


主人公がオッサンとオバさんである以上、
ある意味何よりもどうでもいいと言える


しかし僕の脳裏に浮かんでしまった疑問は、
消せない光となって僕を攻め立てる。



「ラブホテルを、

 科学しなければ」



しかし僕の決意とは裏腹に、答えはすぐに出た。


「あれは不倫だった」


その理論は至極簡単。


不倫はラブホテルの存在理由なのだ。


自らの城を持たない中高生や、ややもすると大学生もラブホテルを利用することはあるが、
それは「親の眼を盗む」というのが動機である。


本来ラブホテルはそんなオコチャマのために佇むものではないが、


本質はこれと一緒である。



ラブホテルは、
誰かの「眼を盗む」ためにあると言っていい。



だが、誰の?



社会という弱肉強食の戦場を闊歩する彼ら大人たちには、
自らの城がある。



家、それは彼ら戦士たちに一時の休息を与える。



セックスなどと総称されるいかがわしい行為は、
そんな「家」でされるべきである。



しかし彼らはそれを拒んだ。



「眼を盗む」必要があるからである。



一人で暮らしているなら、誰の眼を盗む必要もない。


誰かと暮らしているからこそ、その人の眼を盗む必要がある。


つまり、配偶者である。


あのオッサンとオバさん、
どちらか一方でも一人で暮らしているなら、


ホテルに来る必要はない。


だがホテルに来たということは、
どちらの家にも不都合な点があるわけだ。


つまり、配偶者である。


だから、ラブホテルに来ている成人たちのほとんどは、
不倫と言い切ることが出来る。



「それで?」



なんて返しはナンセンスだ。


言い切ることが出来るのだ。


おわり

告白論-男性の正しい告白の仕方

こんにちは。

売れっ子「告白コンサルタント」、パンパース和田です。

皆さんも

『告白』というものをしたことがあるでしょう。


今回はその告白について考察していきます。
下ネタ的要素はありません。

同じサークルの○○ちゃんが気になっている
ちゃらかし大学生のみならず、"初恋"まっさかり
の純愛中学生も是非ご参考にされたし。


『告白』

それは、学生(大学生は含まない)の一大イベント。

誰かが『告白』するとなったら、

たとえそれが今まで気にもしたことのない人たちでも、

僕たちは好奇心を剥き出しにする。


「○○が、××にコクるらしい…」

この手の噂は、光の速さで校内を駆け巡り話のネタになる。
おもしろくて面白くてたまらない。
お祭りの始まりだ。


そして人々は、思い思いのことを口にする。


「え~、ちょっとそれはナイでしょ。無謀よムボー」


「前からあの二人、実はいい感じだったんだよ…」


『無理』に千円!!


それまで、全くと言っていいほど目立たなかった○○が、

一躍脚光を浴びる。




一方、僕らは年をとればとるほど、臆病になっていく。

大人になるにつれ、『告白』は一種の儀式と化していき、

終にそれは単なる「確認作業」となる。


つまり僕らは経験を積むにつれ、

リスクを避ける方法論を編み出していく。

「これは、イケるな」

そう確信するまで、最後の一手は放たない。

徐々に、徐々に外堀から埋めていき、

もはや「お互いが好き合っている」ということが暗黙の了解となるまで、

蛇のような執念で我慢する。


そして、

コジャレたレストランで飯を食い、

コジャレたバーで酒を飲み、

コジャレた夜景スポットで告白する。

「好きです」


こんな告白には、何のドラマもない。

完全なる八百長だ。


「今日は、コジャレたレストランに行こう」

この時点で、相手は八割がた察するはずだ。

「あぁ、今日か」

もはやお互いに好き合っているのだから、

答えは「YES」に決まっている。


男「今日、~~っていうレストランを予約したんだ」

女「あぁ、本当に?私もアナタのことが好きだったの!…やさしく、してね」

男「グハハハ!!


無駄を省けばこうなるのだ。(「性教育改革-正しい男性の心得」を参照)


ようは、それを境に、

相手におおっぴらに嫉妬することが許され、

友達に「彼女(ないし彼氏)できた」と言いふらすことができ、

昼間っからチュパチュパレロレロ出来るようになる。

そういうことだ。


大人になっても、チャレンジ精神に溢れた人はいるだろう。

しかしそれは本当に、中学ないし高校の時と同じ、

ヒリつくような緊張感を持っているか。

答えはノーだ。


あの頃は、「二人でどこかに行く」という行為は、

付き合う前には許されていなかった。

行けば必ず「二人は付き合ってる」と噂になり、

周りの盛り上がりに反比例するように、当人たちは冷めていく。

待つのは学生ならではの終局、「自然消滅」というヤツだ。


だから学生たちは何とかして、俗に言う「グループ交際」を始めようとする。

男3、女3でのディズニーランド。

このときばかりは数年来の友達にすら、

「早く空気読んで消えろよ」

と心の中で悪態をつく。


しかしグループ交際では、

意中の相手(仮に××)が自分を好いているとは限らない。

「ごめんね、私、△△君が好きなの…」

こんな残酷な場面。


あなたは涙を堪えてこういうはずだ。

「あ、そーなんだ…。△△も××のこと好きだと思うよ…」

そこに根拠はない。

そしてあなたは痛いぐらいに空回りを始める。

「な~んか、△△と××、超似合ってねぇ~??

心なしか、あなたの声は震えている。

頬を染める××。

しかしあなたは△△にトイレでたしなめられる。

「俺さ、××とかナイから。マジやめろ


うう、書いてて涙が止まらない…

(こんなシチュエーションになったことはないが)



話が脱線したようだ。

つまり、学生の頃の『告白』はギャンブル性が高く、

それだけにスキャンダラスであった。


学生たちの告白と、大人たちの告白。

その最大の違いはやはり、「成功率」ということになろう。


我々大人は、告白の前から成功率をほぼ100%に近づけようとする。

具体的に言ってしまうと、

隙を見て「好き」的なニュアンスを、メールなり会話なりに巧みに織り込んでしまうのだ。

そして相手の反応から「押すべきか、引くべきか」といったようなものを判断する。

それはつまり事前の確約であり、

関が原直前の徳川家康と小早川秀秋のやり取りとなんら変わりはない。


それこそが、大人の『告白』を八百長とならしめている元凶なのである。


事前の告知など要らない。

本当の『告白』は、さながら「川中島」でなければならない。

勝敗は予想を許さない。

天国か、地獄か。

ヒリつくようなその瞬間。


「狂気の沙汰ほど面白いっっ!!」

それはある種の脳内麻薬。


考えてみれば、

相手が自分を好きかどうか全くの未知数での「YES」と、

相手が自分を好きなことを知った上での「YES」。

より感動するのが前者であることは、自明の理である。


僕たちは、挑み続けなければいけない。

告白の成功率を下げること、いや正確には、

その成功率をあらかじめ推測し得る機会を減らすことは、

すなわち「YES」の答えを手にしたときの感激を増すことである。


だから僕たちは、より大きな感動を手にするために、

相手に「これから告白する」ということを悟られてはいけない。



例を挙げると、、、


アキラは、同僚のメグミに想いを寄せている。

同期の飲み会などで話したことはあるが、

二人で食事…などという経験はない。

アキラは意を決してメグミに言った。

「今夜、二人で食事でも、どう?」






ダメだーーー!!

ダメの典型。

既に保守的、打算的。

へタレ、ここに極まれり。


『感動の告白』を敢行するためには、

基本的に誘っちゃダメだ


なぜなら、相手がその誘いに乗ってきた時点で、

アキラには軽い「よっしゃー!」が待っている。

便宜上「プチ嬉しい」と言うことにする。


この「プチ嬉しい」は何が嬉しいのかというと、

「二人での食事にOKということは、告白してもイケる可能性大」

ということに「嬉しい」と感じているのだ。


誘ってそれが成就すれば、必ずや「プチ嬉しい」はやってくる。

そしてこの「プチ嬉しい」を感じてしまった時点で、

『告白』という大舞台での感動は確実に減少してしまう。


というより、「二人での食事」を承諾された時点で、

もう告白の答えは、ほぼ「OK」だと考えていい。



だからもう、不意打ちしかない。



アキラはメグミを見た。

メグミは午後の会議で配布する資料に目を通している。

アキラは頬を染め、切り出した。

「メグミさん…」



あー、ダメだダメだ。

全然ダメ。

頬を染めちゃダメ。

確実に悟られるから


優しく「なあに?」なんて言われたら

「プチ嬉しい」来ちゃうでしょ。


面倒だから正解行っちゃいましょう。




メグミは、同僚のイクミと昼食をとるために、

社を出ようと廊下を歩いていた。

前から、同期のアキラが歩いてくるのが見える。

「うわ、アキラ君、なんか知んないけど怒ってる

メグミがそう思ったのも無理はない。

アキラは中空を睨み、鬼をもひしごうという顔をしている。


「なにかあったのかしら…」

メグミはそうは思わない。

そこまで二人の仲は深くなかった。

メグミの目の前で、アキラは立ち止まった。

「―いったい何?」

メグミはそう思ったが、口には出さず笑顔で答えた。

「メグミさん!!」

アキラの割れ鐘のような大声に、

メグミもイクミも思わずビクつく。

「お、怒られる!!」

メグミがそう感じたとき、アキラは言った――。


「好いとる。付き合うとくれ…」



これが、正解。

相手に悟られない、あの頃のような緊張感を持った『告白』



チャレンジャー・アキラには、

確実に次のような賛辞が待っている。



「キモッ!」

付き合っていない大学生の男女が授業中にしていいボーダーライン

こんにちは。
下半身の夜回り先生、パンパース和田です。

今回は、タイトルの通り、付き合うに至っていない大学生の
男女がやっていいこと悪いことのボーダーラインをサンプルを
例に考察していきたい。


//////////////


今日、授業を受けていたら
前に座ってる二人(♂と♀)が
妙なことをやっていた。


大教室だが席は決められていて、
回りはいつも同じメンバーだ。

前の男女は別に付き合っているわけではない。

これは揺るがぬ事実だ。


なんでかって、僕は彼と彼女が初対面の時から、
ヒッソリと後ろの席から見守ってきたからだ。


あの二人の間に流れる空気。


あれは至極健全な間合いだ。


流行りの価値観に当てはめれば、
美男美女の範疇に入るであろう二人。


名前も知らない二人だが、
彼らが付き合っていないことは分かる。


なぜなら、
あの二人の距離。


一度ゼロになった距離は、二度とあの形には戻れないからだ。


そんな二人を、
僕は毎週見守ってきた。


今日、女の子の方は机に突っ伏して寝ていた。
男の子の方は退屈そうにしている。


それもそのはず、
互いにまんざらでもない二人が、


「隣の席だから」という大義名分を盾に


楽しくお喋りする一時間半。

それは二人にとって共通の


トキメキの時間であるに違いなかったはずだ。


そこには、

お互いに縮めたい距離

が横たわっていたハズだ。


その距離。


無言の了解を得ているがしかし、
臆病ゆえに縮められない距離。


しかし本当に怯えているわけではない。

そんなのは高校生以下の恋愛だ。


お互いに「なくないな」と感じ、


あえてそれを楽しんでいるということもある。


事実、楽しんでいるようだった。


その厄介な距離を縮めることこそ、

本当の初めての共同作業であるというのが、

二人の共通の認識となっていたハズだった。


しかし、


今日は違った。


彼女は、寝ていたのだ。



「俺の一人よがりだったのか…」



彼は苦悩しているようだ。



「この時間を楽しみにしていたのは、俺だけだったのか…」



彼の背中が、その苦悩を語っている。



「彼女の『俺を好き』という気持ちは、眠気に負ける程度のものだったのか…」



「いや、そもそも全部俺の勘違いだったのかもな…」



そんな彼の不安が、背中越しに僕に伝わってくるようだった。



「勘違いじゃないよ!眠いだけだよ!!」



と応援したい気持ちを必死に抑え、
僕は苦悩の青年を見守る。


その時、事件は起こった。


彼はおもむろに人差し指を突き出し


彼女のワキバラをつついたのだ。



ワキバラ


で伝わるだろうか。


ウエスト


と言い換えてもいいかもしれない。


とにかく、


女性の側面で一番やわらかいと推測される部分だ。


そこを、付き合ってもいない男がツツいたのである。



単純に思った。


「それはセクハラだろう」



相手は寝ているのだ。彼を信頼して。



それを、いきなりワキバラをツツいて起こしたのだ。




「…あぁ、終わりだ」



僕はとたんにそう思った。


「今までの努力を…」


怒りすら覚えた。


あと一歩。

あと一歩だったのだ。


それを何故、
お前は我慢しなかったのだ。


何故、

触ってしまったのだ…



しかし次の瞬間、僕の想像を超えた出来事が起こった。




「ちょっとやめてよバカ~」




何っ!?


いやいや、
文脈的に見て合っているのは「バカ」ぐらいだ。


なんなんだその反応は!?


付き合ってもいない男にそんなことされて平気なのか!?


そんなハズはない。


それをやったのが僕だったとしたら、

爪が食い込むくらい手首を掴まれて、





「この人、痴漢です!!」


と大発表されることになるだろう。


それで僕の人生は終わりだ。
今まで積み上げてきた信用、貯金、大胸筋。


全てがパァだ。

しかし彼女は彼にそうしなかった。


それは、彼をやや好きであったからだろう。


ここにおいて賞賛されるべきは、
彼の勇気だ。


まず、僕には出来ない。
どんなに仲良くなっても無理だ。


「この人、痴漢です!」が怖いのだ。



しかし、彼はやった。


彼女が彼を好きでなかったら、


それこそ「この人痴漢です」の悲劇に見舞われていたに違いない。


だが、彼女が自分を好きなら、
ギリギリで許してくれる。


その「ギリギリのエッチ・スケッチ・ワンタッチ」を、


彼は実行したのだ。


策士ですね。


勝負師と言ってもいい。


ただのスケベヤローでもOKだ。


女の人の触れていい場所。
これは余りに難問だ。

要は、その男女の親密度によるところが大きく、
何人たりとも、絶対的なボーダーを断言することは
できなそうだ。

絶妙な間合いは日々の鍛錬あるのみ。

女性楽しめる飲み会トークの定番-大学生の恋愛論

こんにちは。
パンパース和田です。

大学生というか世の男たちが飲み会、合コン、雑談で盛り上がるネタと言えば「恋愛トーク」ですよね。
女性だって本当は恋愛トークやその先に潜む下ネタ的領域にも足を伸ばしたいはず。

今回はそんなお話をつまみ食い。

////////////////////////


「なんか艶(つや)っぽい話ねーの」


僕が飲み会・合コンなどの状況で、決まって言う言葉はコレ。


開口一番、席についての一言め。
バカの一つ覚えみたいに毎回だ。


はてさて、「艶っぽい話」って、、、


なに?


「艶っぽい話」

言ってる僕が期待しているのは、



「彼女がいるのに他の女と寝ちまった…」

とか、


「こないだ知り合った女の子が足の指毛フェチだった」

とか、


「実は昨日シラタキで…」

とか、


要は異性つまりフィメイルないし、下半身つまりボブの絡む大人な話だ。


ただ、女性がいる飲み会や合コンでいきなりそんな話をしてはいけない。

「好きなタイプは?」的な恋愛トークでジャブを入れ、
ボブの話に持っていく。


すると、

「この前友達とその彼女とスリー・プレイをした」

なんて話が出てきたりする。
こういう類の話こそまさに僕が聞きたい「艶っぽい話」だ。


なんせ、(1フィメイル+2ボブ)×大人=3P なんだから。



そんな話を肴に飲む酒は旨い。
下ネタ・ワードは心地よく僕らを千鳥の世界へといざなう。


話を戻そう。
そんな艶っぽい話を聞いてると、ふと


「好きな子が出来た。話したこともないんだけど…今キッカケを探してるんだ」


というような話も聞きたくなる。


「艶っぽい話」ではなく、「青い話」(恋愛トーク)というやつだ。



しかし今の友人達からそんな話は期待できない。


彼女がいないのをいいことに○ンサロに通い詰めるアイツ。
誰かに常にオピンピンを愛撫してもらってないと落ち着けないアイツ。
使い捨てカイロばりに彼女を使い捨て(時には重ね張り)するアイツ。


そんな中、たまに聞こえる青い話は実にいい。


「この前、Y浜のK覧車でKスをしたんだ…」


思えば、中高生の時分はそんな話ばっかりだった。
特に中学時代、僕らの頭の中で


「下ネタ」と「今そこにいる異性」は完全に切り離されていたのだ。
"男子"と"女子"は同じ空間を共有しながらも心理的には、
別の宇宙を形成していた。


しかし高校卒業、大学進学と駒を進めるにつれ、

「今そこにいる異性との下ネタ」

的オブジェクトが僕らを包み始めた。



「K(僕らの友達)が、F(高校時代の同級生)とヤッたらしい…」

この手の怪情報は目に見えて多くなった。
僕らは、口をそろえてこう言った。


「うぬぬほっ?!」


そして今、そんな話は当たり前となり、
あの頃のような驚きはない。
ことに至った男女の心理、片思い、恋愛という
背景も影をひそめ、興味の中心は、


「なんで?どうして?外or中?」


しかし、最近ではそんな反応も過去のもの。


今では頬を歪めビールを煽りながら語る。


「あいつも、オンナだったんだなぁ」



艶っぽい話は実に良い。それが勝手のわかっている知人からみで
あったらなおさら。そのネタを仕入れて来た者は英雄と化す。

そして艶っぽい話に紛れる青い話はさらに良い。
もう、楽しい話なら何でも好きだ…



ちなみに

最近のベスト艶っぽいはこんな話だった。



ある同窓会で、終電を逃した人たち

なかなか期待できる出だしだ。

「同窓会」「終電を逃した」あたりがすでに艶っぽい。つやつや。

終電は逃すためにあるものだ。大いに逃して欲しい。


「どうしようもなくなった彼ら(男2、女2、計4)はラブホテルに行くことにした」


ほほう。
ファインプレーだぜ「ラブホに行こう」と切り出したヤツ。



男A(僕らの友達)と女Aは適当に時間を潰していたが、

 男Bと女Bは、彼らが見ている前でイジり合っていた

このうちの男A、女Bと僕は同じクラスにいたことがある。
女Bなんかはとてもそんなこと、つまり人が見てる前でペロンチョ&シコリーヌなど
する娘ではなかったんだが…。



心地よい衝撃と適度なエロス。
あの日この話は、僕に何ガロンのビールを飲ませたことだろう。


話は少々逸脱するが、
こんな話を聞いた後、仮にこの子にバッタリ遭遇したら…。


この子はきっと「あの頃の自分」を装ってくるだろう。純粋で、潔白な。
その選択は、あるいは僕以外なら誰に対しても正解だったに違いない。

しかし、相手が悪かった。
オレにはそれは通用しない。



悪魔の笑みをたたえながら、きっと僕はこう呟く。

「聞いたぜ…」


な~んてことをやると、
鬼畜呼ばわりされるからしないけど



あぁ、何の話をしたかったのか…。
まぁ、エロい話が好きってこと。

ネパールの山奥でイエティ(雪男)が出現!?

"雪男がいた!?足跡5年ぶり発見"



詳しく見ていこう。


『発見場所はネパール・ヒマラヤ中西部。足跡を発見したのは、高橋好輝隊長ら7人のベテラン登山家で編成された捜索隊「イエティ・プロジェクト・ジャパン」』



ネパール!?



またひとつ(というか1つ目の)ネパールに行く目的ができたぜ


絶捕!! (ぜっほ・・・絶対捕獲の意)


そのためにまずは敵について知っておこう。(記事より抜粋)

▼雪男、通称イエティは全身毛で覆われた類人猿に似た幻の生き物。
イエティは全身が体毛だらけで二足歩行する類人猿のような姿で、身長は1・5メートルから2メートル以上とされる。
過去に何度も足跡は発見されたことはあるが、存在を示す明確な物証は皆無だった。今回、捜索隊はイエティの姿を目撃できなかった。


                       
敵はかなり手ごわいとようだ。


なんせ物証は皆無とか言ってるし。


じゃあ足跡はなんなんだ ∑( ̄0 ̄ノ)


でっちあげ??


なんだかあやしくなってきた



『38年間にわたり、雪男研究をしてきた国内屈指のイエティ専門家の高橋氏は、今回の足跡はクマやサル、シカなどの動物の形状と異なると強調。これらの動物は標高約4000メートルまで上ってくることはないなどとして「足跡はイエティのものと確信を持っている」と存在を示す強力な証拠だと主張している。』


ほーほー。


っでその国内屈指の勘違いイエティ専門家の高橋氏がイエティ捜索のためにとった作戦がこれだ。



『今回は前回の目撃地点付近を中心に24時間監視できる望遠レンズ付きのカメラやビデオカメラなど数台を設置。「待ち伏せ作戦」でイエティの姿をとらえようとしたが、残念ながら撮影成功に至らなかった。』



絶対必勝の"待ち伏せ作戦"



失敗!!



つかコレ作戦ていえるのか・・(屮`ε´)屮



さらに記事は続く。



『イエティとはネパール山岳民族のシェルパ族の言葉で「岩場の動物」の意味。直立歩行で異臭を放つほか、カモメのような鳴き声クマのような足跡などの特徴を持つ。1800年代初頭から現地では目撃情報が寄せられ、1832年に英国人が論文で報告。イエティの“正体”については、現地に生息するヒグマや鳴き声はネコ科のユキヒョウなど諸説ある。』



うそつけ~ ヽ(`Д´)ノ


"異臭を放つ"とか完全に想像だろ




この件についてドラクエVに主演したエニクス氏(勇者)を取材したところ・・


「あぁ、イエティね。あいつ不細工で弱いし、使えないし、くさいから嫌い。
 すぐ仲間になろうとしてくるからマジうざい、スラリン以下。
 あんなやつ珍しくもなんともないっすょ。                  」


と言って迷わず【いいえ】を選択していた。。


イエティ
    


バイト先での受難苦難。

2時っちゃお。まで寝過ごすなんてことがなくなってよしよしなんだけど、依然夜型生活からは抜け出せず、出たとこ勝負の毎日。


無論朝ごはんはほぼ食べられない。

でもうちのバイト、お弁当が出るから大丈夫(☆゚∀゚)


今日のお弁当はというと・・・


ノットべんと~う!!


「炊き出しじゃ~(`▽´)ノ」



出来たてアツアツのカレーライスじゃんか~。
しかもご飯は黄金に輝くターメリックらいす。


お嬢ちゃんの三角巾姿もス・テ・キ

目標までの道のりはこうだ。
客入れ。

収録中にお客さんが番組集中し、油断している隙に必要な雑務(人数とか謝礼の計算)

きゅーけータ~イム=カレータ~イム

客入れはそつなく完了。
収録が始まる。

スタジオの空気もあたたまり、番組がおもしろくなりそうなところで

「じゃぁ、計算してきて( -д-)ノ」

と、姑かと思えるほど憎たらしいタイミングで計算のためにスタジオを後にさせられる。


ちなみに説明しとくとうちのバイト先の先輩は全員おんな。でも


ウヤッヒー(゚∀゚)↑↑


と思ったら大間違い。みんなアマゾネスみたいな厳しいお人ばっかし。


しかも、みんな怒りたがりで、何かにかこつけて先輩だというただひとつのアドバンテージをいかして注意をしてくるのです


そんなツライ事情はいいとして、足早に計算するためのスペースへの移動


........φ(`皿´)  【怒涛の計算】


複素数の出てこない計算なんて朝飯前だぜ

そして

朝飯だぜ
だがここで思わぬ邪魔が入る。


社員の小暮さん(社員は全員男)が話しかけてきた。




「今日オレ誕生日なんだょね。」




「うっぜんだょ



とは言えないので返事をする。


「おめでとうございます。(この嘘つきやろーが!)」



すると疑うブッチの心理を見抜き小暮さんは律儀に免許証まで見せてきた。



「(意地汚いぞ、30歳!)(仕方ない)ショップでなんかの番組グッズ買ってきてあげますょ。」



と苦渋の提案。



「オレそういうのすぐなくすからいらない。」




「ゴーバックTestis(精巣)!!(゜Д´)q」



だが小暮さんが1億数千万のたんぱく質にもどってゆくはずもなく、結局缶コーヒーで手を打つことになった。


おかげで与えられた30分というリミットが来てしまった。

【スタジオに戻る】

が、番組終了。


ガーン 川 ̄3 ̄)ノ


時間はPM2:00を回る。


でもまだ2本目の収録がある。(大体の番組は2週間分撮る)
ここが勝負所だ。


油断していたら殺られる(食べられない)。
そんな緊張感がブッチを包んでいた。


二本目も客入れをし、収録が始まった盛り上がりどころで


「計算してきて」


という指示が入る。
血が滲むほどこぶしを握り締めながらスタジオをでて計算に向かう。


ここは切り替えが大事だ、番組のことは忘れよう。
時計の針は2時半を回っている。

ちょうどいい案配だぜ。


........φ(`皿´)


「終わった


早速ビッチニーニ先輩にチェックしてもらおう。


このおんなが最終関門だ。


「チェックお願いします。」


・・・


「ブッチお前計算だけは得意って言ってたょね。(ホントにこんな口調)」


む、無論だ。
案外覚えることが多く、まだ駆け出し中のブッチにとって数少ない自分の仕事である計算だけは迅速かつ正確にできると自負し、また、豪語していた。


しかし、この言い方。まるでオレに落ち度でもあったかのようじゃねぇか
どんな些細な落ち度をも見つける姑といえども、ホコリがひとつもなければハンカチをかみ締めるしかあるまい。


計算とは正解か不正解かの二者択一。
全か無かの世界なのだ。灰色を黒とはいえても、白を黒だとは言えまい。
どうだ、落ち度があるなら言ってみたまえ。


「この封筒の書き方違うんだけど。自分で間違いを見つけて」


なぬっ。そんなはずはない。


カッ


計算はあっている。合っているではないか。

「そこじゃない」

まさか、ぬぁっ!


やってしまった。封筒の表記は振込みの延べ人数ではなく、振込み件数を書かなくてはならない。

ブービートラップ!

こんな子供だましに引っかかるなんて。。
料金封筒はお金を扱っているため、二重線や修正テープでの書き直しがきかない。

一から書き直し。。

この瞬間ブッチの今期メジャー復帰(今日のカレー摂取)は絶望的となった。


控え室に封筒と取りに戻り、再度記入を始めるブッチの横では小暮のヤツが二杯目のカレーをむさぼっている。

この男、30年という節目で人生終わらせたろか。

そして結局空腹のまま帰路ついたブッチだった(T_T)